名古屋能楽堂
2026年6月14日日曜日名古屋能楽堂に豊臣能楽を見に行った。豊臣秀吉は50代後半、自ら能の稽古を始め熱中し、禁裏で開催し、徳川家康、前田利家らも舞った。今回の能・紅葉狩と狂言・宗論も開催している。室町能より大衆娯楽色が強くなった。
名古屋能楽堂は日本の代表的な能楽堂で、能5流(観世流、宝生流、金春流、金剛流、喜多流)、狂言2流(大蔵流、和泉流)のすべてが上演される。
能楽はライブ娯楽である。今年の夫婦のテーマだ。
能楽の歴史は、奈良時代秦野河勝が聖徳太子に外国の物まね猿楽を舞わせたのが始まりと伝えられる。室町時代に観阿弥、世阿弥によって芸術性の高い舞台芸術になり、武家社会の権威ある芸能として位置づけられた。明治時代になり、岩倉具視など政府要人は、欧米各国が演劇と音楽で構成される舞台芸術であるオペラを、古代ギリシア劇以来の総合芸術と高く評価していることから、猿楽を能楽に言い換え、能、式三番(能の翁になり祝言神事芸能)、狂言の3種の芸能を総称する。
能は囃子(笛、小太鼓、大鼓、太鼓)と謡い(能の台本=セリフと歌を声を出してうたう行為)と演劇による総合芸術である。能舞台の回りの芝生に民衆が座り観劇したので、芝居と言われた。
能の様式は、世阿弥の「夢幻能=亡霊や神仏等この世ならざる存在が主役となり、過去の出来事を回想する形式の能」が能の形式を決定づけた。目の前でたしかに見ているのに、物語の中ではそれは夢や幻の出来事として位置づけられており、その二重性が「夢幻能」の魅力になる。
室町能の深層には「心の執着」と「それを鎮める祈り」があり、室町能の世界観が表れている。
